Bus Blaster で Raspberry Pi Model B を JTAG デバッグしてみる
- 2020/07/05
- Raspberry Pi
JTAG デバッガが欲しくなったので Bus Blaster v3 を買いました。
Bus Blaster v3 きた (JTAG したくなったので) pic.twitter.com/fQRNPmFthV
— ✧*。ヾ(。ᐳ﹏ᐸ。)ノ゙。*✧ (@myon___) June 30, 2020
よくある FT2232H が載っているやつですが、出力側に CPLD をいれることで、ターゲットの駆動電圧 (1.5v ~ 3.3v) に合わせたレベル変換やロジック書き換えによる別規格への対応などを実現した、なるほど〜ってなる設計に惹かれました。公式で紹介されている Seeed Studio の販売ページ では売り切れだったので、マルツオンラインを使いました。
Raspberry Pi Model B で使ってみる
ということで早速使ってみます。ターゲットには、手持ちのデバイスで一番遊びやすそうだった Raspberry Pi Model B を選びました。最近の Raspberry Pi はかなり性能・機能が強くなっているようですが、これは初代の Raspberry Pi です。2020年の記事ですが初代です。
Raspberry Pi と Bus Blaster を接続する
Raspberry Pi Model B に載っている SoC の BCM2835 は、GPIO を入力・出力のほか 6つの Alternate mode が指定でき、そのときの特別な役割が各ピンごとに決められています。これをまとめた表がペリフェラルのマニュアルの Table 6-31 にあります。
JTAG 用のピンも、ある GPIO の Alternate mode として実装されています。今回 JTAG に使う GPIO をまとめるとこんな感じになります。TDI は GPIO26 の Alt4 にもありますが、今回使う Raspberry Pi Model B だと基板上のピンヘッダと繋がっていないため、GPIO4 の Alt5 を使います。
GPIO | P1 ヘッダのピン番号 | JTAG の役割 | モード |
---|---|---|---|
- | 1 または 17 | VTref (VTG) | - |
GPIO22 | 15 | TRST | Alt4 |
GPIO4 | 7 | TDI | Alt5 |
GPIO27 | 13 | TMS | Alt4 |
GPIO25 | 22 | TCK | Alt4 |
GPIO24 | 18 | TDO | Alt4 |
- | 6, 9, 14, 20, 25 のどれか | GND | - |
Raspberry Pi の P1 ヘッダの役割はこのページの図などがわかりやすいです。これらを参考にしながら Bus Blaster と接続していきます。Bus Blaster は基板上にピンの役割が書いてあるのがいいですね。
Bus Blaster の JP4 に刺さっているジャンパピンは、今回は外したほうが良さそうです。JP4 は Bus Blaster からターゲットに給電する・しないを切り替えるものです。Raspberry Pi は電源供給用の USB Micro-B 端子があるので Bus Blaster からの給電は必要ないですし、Bus Blaster から供給できるのは 3.3v 200mA が最大で Raspberry Pi を動かすには弱いためです。
config.txt
から JTAG デバッグを有効にする (失敗)
Raspberry Pi は、CPU が動き始める前に GPU が様々な初期化を行なう不思議な仕様をしているそうです。そのときに読み込まれる設定ファイルが SD カードに置いた config.txt
です。config.txt
には GPIO に関する項目 もあり、enable_jtag_gpio=1
と記述すれば JTAG デバッグに必要な GPIO の設定をやってくれるそうです。
しかしリンク先をよく見ると
enable_jtag_gpio
Setting
enable_jtag_gpio=1
selects Alt4 mode for GPIO pins 22-27, and sets up some internal SoC connections, thus enabling the JTAG interface for the ARM CPU. It works on all models of Raspberry Pi.
と書いてあり、今回のように TDI に GPIO 4 を使うことは想定されていなさそうです1。
実際にこのオプションを設定した Raspberry Pi で U-Boot を起動し、md
コマンドで GPIO の機能を指定する GPFSELn レジスタ付近 (0x20200000
) を覗いてみた結果がこれです。GPFSEL2 (0x20200008
) の値は 0x006db6c8
(0b011011011011011011001000
) で、確かに GPIO 22-27 に対応したビット [23:6]
が全て Alt4 (0b011
) になっています。しかし GPFSEL0 (0x20200000
) の値は 0x24864024
(0b100100100001100100000000100100
) で、GPIO 4 に対応したビット [14:12]
は Alt1 (0b100
) になっています。残念。
U-Boot 2020.07-rc5-00052-g922c6d5d00 (Jun 25 2020 - 23:58:27 +0900)
DRAM: 448 MiB
RPI Model B rev2 (0xd)
MMC: mmc@7e202000: 0
In: serial
Out: vidconsole
Err: vidconsole
Net: No ethernet found.
starting USB...
Bus usb@7e980000: USB DWC2
scanning bus usb@7e980000 for devices... 3 USB Device(s) found
scanning usb for storage devices... 0 Storage Device(s) found
Hit any key to stop autoboot: 0
U-Boot> md 20200000 10
20200000: 24864024 00064024 006db6c8 00000000 $@.$$@....m.....
20200010: 24020004 00000924 00000000 6770696f ...$$.......oipg
20200020: 6770696f 6770696f 6770696f 6770696f oipgoipgoipgoipg
20200030: 6770696f 0101c1cf 003e001c 00000000 oipg......>.....
config.txt
では、各 GPIO のモードやプルアップ・プルダウンの設定を細かく指定できるようです。そこで
gpio=4=pu,a5
gpio=22,24,25,27=pu,a4
と書いてみましたが、これもダメでした。先ほどと同様に U-Boot でレジスタの値を見てみると、GPFSEL2 は 0x0061b0c8
(0b011000011011000011001000
) で意図したとおりの値になっています。しかし GPFSEL0 は 0x24864024
で GPIO 4 は Alt1 のままです。GPIO 4 のモードは config.txt
から設定できない (なにか理由があって Alt1 にされている?) みたいです。これまた残念。
U-Boot> md 20200000 10
20200000: 24864024 00064024 0061b0c8 00000000 $@.$$@....a.....
20200010: 24020004 00000924 00000000 6770696f ...$$.......oipg
20200020: 6770696f 6770696f 6770696f 6770696f oipgoipgoipgoipg
20200030: 6770696f 0a41c1cf 003e001c 00000000 oipg..A...>.....
JTAG デバッグ有効化のコードを書く
config.txt
を使った方法がダメだったので、自分で GPIO を設定していきます。GPIO の設定は、上でも軽く触れた BCM2835 の GPIO 周りのレジスタをペリフェラルのマニュアル などを参考にしながら操作していけばよいです。
まずは GPIO 4 のモードを Alt5 にします。GPIO 0 ~ 9 のモードは GPFSEL0 レジスタ (0x20200000
) で指定します。GPIO 4 に対応するビットは [14:12]
で、ここを Alt5 を意味する 0b010
に変更すればよいです。C で書くとこんな感じになります。~(0x7 << (4 * 3))
との AND をとって [14:12]
のビットをクリアし、そのあと 0x2 << (4 * 3)
との OR をとって 0b010
に書き換える、というコードです。
volatile uint32_t* GPFSEL0 = (volatile uint32_t*)0x20200000;
uint32_t sel0 = *GPFSEL0;
sel0 &= ~(0x7 << (4 * 3)); // GPIO4: ALT5
sel0 |= 0x2 << (4 * 3);
*GPFSEL0 = sel0;
同じように GPIO 22, 24, 25, 27 のモードを Alt4 にします。GPIO 20 ~ 29 のモードは GPFSEL2 レジスタ (0x20200008
) で指定します。各 GPIO に対応するビットを、今度は Alt4 を意味する 0b011
に変更していきます。
volatile uint32_t* GPFSEL2 = (volatile uint32_t*)0x20200008;
uint32_t sel2 = *GPFSEL2;
sel2 &= ~(0x7 << (2 * 3)); // GPIO22: ALT4
sel2 |= 0x3 << (2 * 3);
sel2 &= ~(0x7 << (4 * 3)); // GPIO24: ALT4
sel2 |= 0x3 << (4 * 3);
sel2 &= ~(0x7 << (5 * 3)); // GPIO25: ALT4
sel2 |= 0x3 << (5 * 3);
sel2 &= ~(0x7 << (7 * 3)); // GPIO27: ALT4
sel2 |= 0x3 << (7 * 3);
*GPFSEL2 = sel2;
Raspberry Pi は GPIO のプルアップ・プルダウンをプログラマブルに変更できるようです。これを使って、GPIO 4, 22, 24, 25, 27 のプルアップを有効にします。この操作は接続するデバッガによっては不要かもしれませんが、今回は Bus Blaster と接続したピンを全てプルアップしないとうまく動いてくれませんでした。
プルアップ・プルダウンの指定は次の流れで行います。
- GPPUD レジスタ (
0x20200094
) の下位2ビットに値をセット (プルアップなら0b10
) - 150 サイクルくらい待つ
- 対象の GPIO に対応した GPPUDCLK0 (
0x20200098
), GPPUDCLK1 (0x2020009c
) レジスタのビットを立てる - 150 サイクルくらい待つ
- GPPUD, GPPUDCLK0, GPPUDCLK1 をクリア
そして、これに対応するコードはこんな感じになります。
volatile uint32_t* GPPUD = (volatile uint32_t*)0x20200094;
volatile uint32_t* GPPUDCLK0 = (volatile uint32_t*)0x20200098;
*GPPUD = 2; // (1)
asm(" mov r0, #0x96\n" // (2)
"1: subs r0, r0, #1\n"
" bne 1b"
: : : "r0", "cc");
*GPPUDCLK0 = (1 << 4) | (1 << 22) | (1 << 24) | (1 << 25) | (1 << 27); // (3)
asm(" mov r0, #0x96\n" // (4)
"1: subs r0, r0, #1\n"
" bne 1b"
: : : "r0", "cc");
*GPPUD = 0; // (5)
*GPPUDCLK0 = 0;
このコードをデバッグしたいベアメタルなアプリケーションに組み込めば、それが実行された時点からデバッグできるようになります。JTAG 有効化だけを行なうものを SD カードに入れておいて、アプリケーションは常に JTAG 経由でを流し込む、といった使い方もアリだと思います。自分は試していないですが、U-Boot にこれらのコードを組み込むなどすれば、実装したベアメタルアプリケーションはもちろん、Linux カーネルなんかも起動時からデバッグできたりするかもしれません。
OpenOCD と GDB でデバッグしてみる
ハード側の準備ができたので今度はソフトの準備です。今回は OpenOCD と GDB を使ってみます。GDB はおなじみのデバッグツールで、OpenOCD は接続した JTAG デバッガと GDB の橋渡しをしてくれるものです。どちらも Arch Linux 上で pacman
からインストールしたものを使いました。バージョンはこんな感じです。
$ sudo pacman -S openocd arm-none-eabi-gdb
$ openocd -v
Open On-Chip Debugger 0.10.0
Licensed under GNU GPL v2
For bug reports, read
http://openocd.org/doc/doxygen/bugs.html
$ arm-none-eabi-gdb --version
GNU gdb (GDB) 9.2
Copyright (C) 2020 Free Software Foundation, Inc.
License GPLv3+: GNU GPL version 3 or later <http://gnu.org/licenses/gpl.html>
This is free software: you are free to change and redistribute it.
There is NO WARRANTY, to the extent permitted by law.
OpenOCD は、User’s Guide にあるように、JTAG デバッガとターゲットに関する2つの設定ファイル (Jim-Tcl スクリプト) を -f
オプションで渡してやるだけで起動します。Bus Blaster の設定ファイルは OpenOCD に含まれていて interface/ftdi/dp_busblaster.cfg
を指定すれば良さそうです。一方 Raspberry Pi の設定ファイルは含まれていないため、別途用意が必要です。今回はBareMetalで遊ぶ Raspberry Pi でも紹介されていた raspi.cfg
に、arm11 memwrite burst disable
を追記したものを使いました。自分の環境ではこれを追記しないと、GDB での各操作が不安定だったり、libc などをリンクした少し大きめのバイナリを load
させると失敗するなどの症状がありました。
# Broadcom 2835 on Raspberry Pi
telnet_port 4444
#gdb_port 0
#tcl_port 0
#jtag_khz 1000
adapter_khz 1000
#jtag_nsrst_delay 400
#jtag_ntrst_delay 400
if { [info exists CHIPNAME] } {
set _CHIPNAME $CHIPNAME
} else {
set _CHIPNAME raspi
}
reset_config none
if { [info exists CPU_TAPID ] } {
set _CPU_TAPID $CPU_TAPID
} else {
set _CPU_TAPID 0x07b7617F
}
jtag newtap $_CHIPNAME arm -irlen 5 -expected-id $_CPU_TAPID
set _TARGETNAME $_CHIPNAME.arm
target create $_TARGETNAME arm11 -chain-position $_TARGETNAME
arm11 memwrite burst disable
interface/ftdi/dp_busblaster.cfg
および修正した raspi.cfg
を OpenOCD 起動時に渡してやり、こんな感じのメッセージが出たら成功です。
$ openocd -f interface/ftdi/dp_busblaster.cfg -f raspi.cfg
Open On-Chip Debugger 0.10.0
Licensed under GNU GPL v2
For bug reports, read
http://openocd.org/doc/doxygen/bugs.html
Info : If you need SWD support, flash KT-Link buffer from https://github.com/bharrisau/busblaster
and use dp_busblaster_kt-link.cfg instead
adapter speed: 1000 kHz
none separate
Info : auto-selecting first available session transport "jtag". To override use 'transport select <transport>'.
Info : memory write burst mode is disabled
Info : clock speed 1000 kHz
Info : JTAG tap: raspi.arm tap/device found: 0x07b7617f (mfg: 0x0bf (Broadcom), part: 0x7b76, ver: 0x0)
Info : found ARM1176
Info : raspi.arm: hardware has 6 breakpoints, 2 watchpoints
OpenOCD が起動すると、GDB server が 3333 ポートで 立ち上がります。これに GDB から target remote localhost:3333
で接続すればデバッグの準備は完了です。下の実行例で渡している -q
オプションは GDB 起動時に表示されるバージョン等を非表示にするもので、blink.elf
が今回デバッグしようとしているプログラムです。
$ arm-none-eabi-gdb -q blink.elf
Reading symbols from blink.elf...
(gdb) target remote localhost:3333
Remote debugging using localhost:3333
main () at main.cc:21
21 for (;;)
(gdb)
たまに target ...
で接続したあとプログラムカウンタが正しく表示されないことがあります。そのときは一旦 continue
(またはその省略形 c
) で実行を再開させたあと Ctrl-C で中断すればなおるようです。
(gdb) target remote localhost:3333
Remote debugging using localhost:3333
0x00000000 in ?? ()
(gdb) c
Continuing.
WARNING! The target is already running. All changes GDB did to registers will be discarded! Waiting for target to halt.
^C
Program received signal SIGINT, Interrupt.
main () at main.cc:21
21 for (;;)
(gdb)
あとはだいたいいつも通りの GDB の操作ができるほか、load
コマンドでプログラムを再転送できたりします。
(gdb) load
Loading section .text, size 0x69228 lma 0x8000
Loading section .rodata, size 0x763c lma 0x71228
Loading section .ARM.extab, size 0x4b70 lma 0x78864
Loading section .ARM.exidx, size 0x3500 lma 0x7d3d4
Loading section .init_array, size 0x1c lma 0x808d4
Loading section .fini_array, size 0x4 lma 0x808f0
Loading section .data, size 0xab0 lma 0x808f8
Start address 0x00008000, load size 496548
Transfer rate: 30 KB/sec, 14187 bytes/write.
(gdb)
おわり
JTAG デバッガ Bus Blaster v3 を使って Raspberry Pi Model B をデバッグしてみる例を紹介しました。マイコンの解析やデバッグがとても便利になるツールが比較的安価で手に入るのはよいですね。
今回 JTAG デバッガが欲しくなったのは、JTAG を使ったデバッグはあまりやったことがなく試してみたくなった2のと、いろいろあって Raspberry Pi のベアメタルアプリケーションを書いていてどうしてもわからなかったバグ34を調べたかったのが理由です。せっかく興味を持って取り組んでいたジャンルなので、これをきっかけにもっと突き詰めてみたいですし、いずれは謎デバイスの解析とかもやってみたいなと思います。
関連リンク
- BareMetalで遊ぶ Raspberry Pi - 達人出版会
- BCM2835 - Raspberry Pi Documentation
- RPi Low-level peripherals - eLinux.org
- OpenOCD User’s Guide: Top
Footnotes
-
“It works on all models of Raspberry Pi.” とは… これ raspberrypi/firmware とかに報告したら解決したりするかなぁ ↩
-
FPGA を触っていたときビットストリームやプログラムの転送にはよく使っていたけど、デバッグはあまりやらなかった ↩
-
float
やdouble
の値をprintf
などで表示しようとするとその値がおかしいというもの。これ とおそらく同じもので、スタックポインタの初期値が悪く ARM EABI の関数呼び出し時のスタックポインタが 8 byte でアラインされていることというルールが守れていなかったのが原因だった ↩ -
ちなみにこのバグは Bus Blaster を発注したあとすぐに原因がわかってしまったというオチがあります ↩